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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)2244号 判決 1978年9月18日

控訴人

澤谷裕市

控訴人

澤谷たつ

右訴訟代理人

田中英雄

榎本武光

被控訴人

荒川区

右代表者区長

國井郡彌

右訴訟代理人

佐久間武人

柳井義郎

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は、控訴人らの負担とする。

事実《省略》

理由

一先ず控訴人らの国家賠償法二条一項に基づく損害賠償請求について判断する。

(一)  本件事故の発生・経過、本件グラウンドが被控訴人の営造物であつて、荒川区の教育委員会が設置・管理していること及びアスフアルトグラウンドの安全性については、次に付加するほかは、原判決七枚目表一〇行目ないし八枚目裏末行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。但し、右末行目の終りに「中学校の校庭(グラウンド)をアスフアルト舗装とすることは、その運動施設としての機能上、安全性の点において十分でないものということができる。更に<証拠>によれば、比較的最近になつて小、中学校の校庭はダスト方式が大勢を占めるに至つているが、それは降雨の際雨水が大地に滲透し、水はけがよく、短時間内に運動場として使用することができること、自然土の場合のように周辺の民家に埃の害を及ぼさず、アスフアルト方式よりも緑化のためによいことからこれが採用されるに至つているのであつて、ダスト方式が弾力性においてアスフアルト方式より特別にすぐれているためではないことが認められる。」を加える。

(二) 以上認定判断したところによれば、自然土であれば運動場としての危険率が下るとはいえ、その危険率が画期的に減少するものではなく、事故の発生は避け難いものであるといわなければならず、校庭があらゆる状況に対し完全に安全であることを期待することはできない。そこで、本件の具体的な場合につき本件校庭がハードル走を行う施設として安全性において瑕疵があるかを検討しなければならない。

前記当事者間に争いない事実(本判決の引用する原判決理由一記載)、<証拠>を総合すれば、本件事故の起きた昭和四四年一一月一四日の午後の第一時限(五〇分間)のハードル実技の授業は、既に前回まで八、九回の練習を経たのちの最終評価として行われた。事故当時授業を担当した山根テル子教諭は、本件校庭において、スタートラインから一二メートルのところに第一ハードル、そこから6.5メートル間隔で第五ハードルまで五台の高さ0.6メートル、巾1.2メートルのハードルを置き、第五ハードルからゴールまでは一二メートルの間隔とし、このようなコースを二本並べて設置した。同教諭は、コースにマツトなどを敷かなかつたが、マツトを敷くとハードル間を走行することができないので、一般にマツトは用いられておらず、また設置されたハードルの高さ、ハードル間の間隔などは、一般的にみて、中学二年生の女子生徒にとつて越えることが困難なものではなかつた(中学校保険体育指導書では、ハードル高さ0.7メートル、間隔を七メートル程度としている。)。そしてハードル走によつて生ずる傷害としては、擦過傷が多いが、まれに手足を地面に打ちつけるなどして手足を骨折することがあるものの、手などでかばわずに頭部を地面に打ちつけ、そのうえ頭部を骨折することは、殆んど従前経験されたことがなかつた。同教諭は、ゴールの位置においてストツプウオツチをもつて第一、第二コースをそれぞれ一名づつ走らせることによつて生徒のハードル走を評価したが、亡由美子は、既に数人が走行を終つた後第一コースを、もう一人の女子は第二コースを同時にスタートして走り出し、二人は殆んど同じ速度で走行したが、亡由美子は第一ハードルを普通に飛び越えたのち、第二ハードルを飛び越えようとした際、どちらかの脚をハードルにかけそのまま前方に強く板を叩きつけるような状態で転倒し、身体の稍左前面をグラウンド面に強打し、そのまま起き上がることができなかつた。ゴールでそのスタートから一部始終を見ていた同教諭は、直ちに倒れた位置にかけよつたが、亡由美子は左手を胸の下にし、左顔面をグラウンドにつけて倒れており、左耳から気泡を含んだ出血をしていた。同人は、同校に居あわせた校医の診察を直ちに受けたのち、救急車で前記医院に運ばれ入院した しかし、同日午後三時頃から意識が混濁しはじめ、翌一五日午後三時三〇分意識が消失し、昏睡、左半身麻痺の状態に陥り、同月二一日午前四時五五分頭蓋底骨折、頭蓋内出血のため死亡した(右日時傷害によつて死亡したことは当事者間に争いない。)ことを認めることができる。

右認定した事実に基づいて考えると、亡由美は第二ハードルの跳躍に失敗し、走行及び跳躍の惰力により前方に投げ出され、左側頭部及び左顔面をグラウンド面に強く打ちつけたものということができる。従つて、転倒の場合の衝撃の程度は通常の転倒の場合に較べて相当強いものであつたのであり、右衝撃の程度、状態からすると、右事故の発生は、一般に予想できない亡由美子の身体的動作に基づくものというべく、グラウンドが自然土又はこれに類する材質で造成されていたとすれば右事故の発生を避けることができないものとはいえないと判断する。なお、甲第一〇号証についての当裁判所の判断は、原審の判断と同一であるから、原判決一一枚目表三行目ないし九行目の記載を引用する。そうすれば、結局において、本件グラウンドがアスフアルト方式であることと本件事故(亡由美子の死亡及びそれを惹起する傷害)との間には因果関係を認めることができず、控訴人の国家賠償法二条一項に基づく請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

二次に控訴人らの国家賠償法一条一項に基づく損害賠償請求について判断する。

<証拠>を総合すれば、山根テル子教諭は東京オリンピツクの際日本陸上競技連盟より依頼されて陸上競技のコーチをした経歴を有し、本件ハードル走の評価にあたつては、その前八、九回も練習させ、当日も前認のとおりハードルの設置位置を確認して安全を確かめ、かつ生徒の体調にも注意していたものであり、このような意を尽していたので、従前事故がなかつたものであること、本件ハードル走は文部省が定めた指導要員に基づき陸上競技種目として中学校女子生徒にさせるものであり、山根テル子教諭はそれに基づいて実施したものであることを認めることができる。

そして以上認定の事実に、すでに認定したとおり右教諭が設定したハードルの高さ、間隔は越えることが困難なものでなかつたこと、さらにハードル走の場合発生する傷害は大多数が擦過傷程度で、頭部の骨折という重大な傷害は殆んど経験されたことがないことを考え併せると、右教諭には本件ハードル走を行わせるについて過失があつたことを認めることができず、むしろ前記のとおり、本件事故は亡由美子の従前の動作からは予想できない同人の身体的動作に基づくものというべきであるから、控訴人らの主張する損害は右教諭がその職務を行うについて過失によつて生じたものとはいえない。そうすれば、控訴人の国家賠償法一条一項に基づく請求も、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

三よつて、控訴人らの控訴はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(鈴木重信 糟谷忠男 浅生重機)

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